那須御用玉子

著名なシェフやパティシエも信頼する、
超実力派の新鮮卵

菓匠たけだの看板メニュー・極上ロールケーキを始めとしたさまざまな製品で使用される要(かなめ)の素材は、何といっても旨味たっぷりで新鮮な那須御養卵! 著名なシェフやパティシエたちからも高い評価を得る鮮度抜群な卵の発信地・稲見商店を訪ね、代表取締役社長の稲見さんにお話をうかがいました。

 

那須御養卵とは?

自然豊かな大地、清涼な伏流水、そして何より美味しい卵になるための研究を重ねた飼料によっって、日々、産み出されるブランド卵。それが那須御養卵です。その濃厚な味わいを表すように黄身の色が濃く、また、厚みのある白身にはツヤがあふれています。食材としての秀逸さに、多くの“プロ”が注目する、極めて上質な卵です。

 

 

美味しいができる条件とは?

飼料、環境、水。この3つが揃っていなければ、決して美味しい卵はできません。飼料で8割、環境と水で2割。これで味が決まると言っていいでしょうね。幸い、那須周辺のこのあたりは自然豊富な環境ですし、水も良質な地下水を利用できる。ちなみに水の善し悪しは殻にも表れるんですよ。良い水なら殻もキレイですが、そうでないと殻もくすんだ色合いになってしまいます。2つの条件がクリアされていますから、あとは肝心な飼料です。ウチは元々、飼料の専門家としての創業した会社です。様々な研究・開発を重ね、那須御養卵のための飼料を調合しています。

 

その飼料について教えてください。

おおまかに言って、卵特有の生ぐささを減少するためのパプリカや唐辛子を加えたトウモロコシ、卵を産む鶏の健康状態を良好にするカルシウム成分豊富な魚粉、木酢酸(炭を焼く時に出る煙りを冷やしてできる液体)と海藻やヨモギの粉末を合わせた滋養素。この滋養素にはコクが増し、やはり生ぐさみを抑える効果があるんですね。卵のツヤや張りも出してくれます。これらを配合したものが那須御養卵の飼料です。

 

那須御養卵が誕生したコンセプトとは?

お菓子づくりに向いている卵をつくろう、と。そのために最適な飼料を開発したんです。おかげさまで、お菓子づくりに携わるたくさんの方々にご利用いただいています。ただ、それ以外の和食屋さんだとかラーメン店など、飲食業会で多様なジャンルのお店でも使ってくださる方が多いのは、非常にありがたいですね。それだけ那須御養卵の品質が認められているという証ですから。

 

お客様からはどんな声がありますか?

「お菓子にした時、卵黄の色がキレイに出る」、「夏場は品質の落ちる卵が多いけれど、この卵は1年を通して品質が高い」とお誉めの言葉をいただくことが多いです。最も嬉しいのは「鮮度が良い」と言ってもらえること。卵に関しては、鮮度の良さに勝るものはないですから。会社が関東地方に位置することもあり、東京や横浜などへは午前中に産まれ、当社で洗卵・選別を施した卵が、宅急便で翌日の午前中にお客様の元へ届けられる。「産みたての那須御養卵を安定して入手できる」と喜んでもらえるのは、供給側としては本当に嬉しいんですよ。

 

菓匠たけだとの付き合いのきっかけは?

懇意にする商社さんからの紹介でお取り引きが始まりました。ですから直接的なやりとりは今でも電話ぐらいしかないんですが、私は甘いものが好きなので、今度ご挨拶がてら、ウチの卵がどんなロールケーキになっているのか食べに行きたいですね。菓匠たけださんと同様に、那須御養卵は「この卵は良いよ」という紹介を重ね展開していった商品なんです。いつの間にか東京、横浜を越え、静岡や愛知までお客様が広がりました。安心・安全を大前提に、美味しく鮮度の良い卵を味わってもらいたいとの一心でつくった那須御養卵ですから、これからもその姿勢を変えることなく日々の努力を積み重ねていきますよ。

 

お問い合わせ

有限会社 稲見商店

栃木県大田原市山の手1-11-2

TEL 0287-22-2421 FAX 0287-22-8188

E-mail nasunogoyouran@yahoo.co.jp

 

 

取材記者雑感

実に興味深かった稲見さんへのインタビュー。帰り際「わざわざ遠い所を来てくれたんだから」と卵をお土産にいただいた。ラーメンライターの顔も持つ取材者は帰宅するやいなや、その魅力には抗えず、テープ起こしではなく味玉づくりへ精を出す始末。翌日の朝、醤油ベースに漬かった卵をさっそく賞味。驚愕。味玉のつくり方そのものはお粗末(謙遜)だが、素材の旨味、力強さが半端じゃない! 卵黄の味わいたるや、今まで食べたどの卵よりも鮮烈、そして濃厚。数秒後、二重の衝撃、ダブルインパクトが我が味覚を襲う。旨味を感じる時間が素晴らしく長いのだ。これだけの卵には、正直巡り会ったことがない。それからの数日は、家族に「卵、食べ過ぎ!」と怒られる日々が続いたのでした。

 

取材者:飯田 寿 取材日:8月28日